葉須香の新しい罰が決定した水曜日の朝、久遠寺先生は普段より一時間 早く学校に到着した。 誰も居ない職員室は静寂に包まれており、多くの教師が来てない中、窓 際の自分の机に腰を下ろすと、丁寧に書類の束を広げた。 それは、校長と教頭に提出する「特別活動申請書」。 内容は、6月1日土曜日に体育館で結婚式を行うため、木曜・金曜の全 学年全クラスの授業を自習にし、希望する生徒に準備を手伝ってもらうと いうものだった。 「よし、これで完璧」 書類を胸に抱きしめるようにして立ち上がった久遠寺先生の表情には、 決意と少しの不安が入り混じっていた。 「もう28だし、やっぱり、結婚するには今年しかないわ」 久遠寺先生は以前からジューンブライドに憧れており、6月に結婚する ことが夢だった。 ただ、長年交際していた笛地は海外研修を理由にして昨年10月に逃亡。 なので、現在交際中の許奇と結婚することにした。 けれど、肝心の式場はどこも予約でいっぱい。 許奇も式場が取れないなら無理だなと言うが、久遠寺先生は心の中で「 いや、許奇家じゃ誰も来ないだろ!」と何かの事情を知っててツッコむ。 どうしても、久遠寺先生が結婚を諦めきれずにいたところ、同僚の3組 担当の大河先生がすごいアイデアを提案してきた。 「むっちゃん(久遠寺)、この際体育館でやればいいんじゃない?」 「いやダメでしょ。教師の結婚で体育館を使うなんて」 「あたしのクラスの3組で話したら、みんな乗り気だし、あんたの5組の 生徒も、あいつ(許奇)の4組の生徒も、大賛成のはずよ」 「じゃあ、まずはちょっとだけ、みんなと相談してみるわ」 こうして、3年の生徒たちに相談すると、みんな協力的で久遠寺先生の 背中を押してくれた。 「いいんじゃないか!職員室に私用のマッサージチェア持ち込む校長より、 ずっといいぜ!」 「僕たちが準備、手伝いますよ!1組や2組も大賛成みたいっす」 「先生、ジューンブライド、叶えましょうよ!」 その言葉に、久遠寺先生は思わず涙ぐんだ。 「みんなありがとう!そうね!私もやる気出てきたわ!」 こうして体育館での結婚式が決まり、土曜日の結婚式まで、あと三日。 買い出しは4組の生徒たちに任せている。 体育館を式場にするためには、紅白幕の設置、椅子の並べ方、音響設備 の準備、花の飾り付け、そして何よりも「式の雰囲気づくり」が必要だっ た。 「みんな頑張ってるけど、やっぱり通常授業をしていたら、間に合わない ……」 久遠寺先生は、木曜と金曜の二日間、全学年全クラスを自習にして、希 望する生徒たちに準備を手伝ってもらう計画を立てた。 2年生が中心の生徒会からも快諾を得ており、すでに多くの部や生徒が 自発的に動き始めていた。 美術部はウェルカムボードのデザインを考え、家庭科部は手作りのブー ケとケーキの試作を始めていた。 放送部は音響チェックをし、演劇部は式の進行役を買って出た。 「みんな、私の夢を叶えようとしてくれてるんだから、私の方も出来るこ とをしないと!でも、あの二人が簡単に首を縦に振るとは思えないわね」 久遠寺先生は窓の外を見つめながらつぶやいた。その時、校長室に校長 と教頭がやってきた音が聞こえた。 「さて、行きますか」 久遠寺先生が校長室の前で深呼吸をしてから、扉をノックする。 コンコン 「失礼いたします」 「おお、久遠寺先生。珍しく早いお越しですな」 校長の島原はエロ狸のような顔にニコニコと愛想笑いを浮かべていた。 丸い体型と小さな目が、まさにエロ狸そのものだった。 隣にはピンクシャツを着た教頭の気辺(けべ)がいる。気辺は変な外国 かぶれの口調が特徴で、いつも決めポーズを取りたがる癖があった。 「校長先生、教頭先生、おはようございます。実は、お話があって参りま した」 久遠寺先生が書類を差し出すと、校長の表情がやや硬くなった。 「何でしょうか?」 「土曜日の結婚式の件で、木曜日と金曜日、全学年の全授業を自習にして いただきたいのですか..」 一瞬、静寂が流れた。 「それは...ちょっと困りますなあ」校長が狸顔をしかめた。 「二日間も授業を自習にするなんて、前例がないザンス!」 ピンクシャツの教頭も髪をかき上げながら横から口を挟む。 「そうですよ、久遠寺先生。生徒たちの学習に支障が出ます。そもそも、 学校で結婚式の準備なんて個人的な理由じゃないですか」 久遠寺先生の表情に、かすかに影が差した。しかし、すぐに微笑みを取 り戻す。 「そうですね。確かに個人的なお願いです。でも...」 久遠寺先生がゆっくりと1歩前に進んだ。その瞬間、校長と教頭の背筋 がぞくりと寒くなった。 「私、今まで学校のためにどれだけ働いてきたか、覚えていらっしゃいま すか?一時期、周りの学校は荒れてたし、あんな絶対権力教師にも好き勝 手されてましたよね?」 「そ、それは」 校長の頭に、様々な記憶がよみがえった。 一時期、この高校以外で色んな高校が荒れた際、街中に無数のロッカー が転がってたこと。校長自身、羽目を外した際に校長室にも校長の出張届 と一緒にしばらくロッカーが置きっぱなしになったことがあった。 教頭も冷や汗をかいている。絶対権力教師と一緒に好き放題やって、「 大人数ならこっちの勝ちザンス」と、気づくと無数のロッカーに囲まれて 悲鳴のポーズ「ぴぇぇ〜ん」をあげた痛い記憶があった。 「あ、あの..久遠寺先生」 校長がおずおずと口を開く。 「確かに、先生にはいつもお世話になっておりますが...」 「そうでしょ?」 久遠寺先生の笑顔が、なぜか恐ろしく見える。 「私が荒れた生徒や暴走教師たちを更生させるために、どれだけの時間と 労力を使ったか...わかります?」 それを聞いた教頭が震え声で言った。 「で、でも、ミーとしてはやはり授業は大切で...」 「もちろん、授業は大切ですよ。マッサージチェアよりもね」 久遠寺先生がにっこりと笑った。 校長と教頭が言い返せずにいると、久遠寺先生が奥の手を出した。 「実は、3年生の生徒たちがとても張り切っているんです。先生の結婚式 の準備をお手伝いしたいって」 「コホン、まあ〜許奇くんもそろそろ年貢の納め時だしな」 「ちなみはそれは全員参加ザンス?」 「もちろん強制ではありません。参加したい生徒だけです。むしろ、これ は素晴らしい課外活動になると思いませんか?協調性、創造性、責任感...」 久遠寺先生の言葉に、校長と教頭は困惑した。確かにそれは一理ある。 「それにこうでもしないとまた正人が逃げるので。あっ、今は麻耶草か」 それを聞いた教頭が最後の抵抗を試みた。 「しかし、ミーはOKでも他の教師たちから反発が...」 「大丈夫ですよ」 久遠寺先生が即座に答えた。 「みなさん、快く協力してくださると言っています。特に、この前のマッ サージチェアで愉しんでいた先生方は、とても積極的ですよ」 校長と教頭は顔を見合わせた。2人の脳裏に未だに放置されてる旧体育 倉庫の番傘を沿えたロッカーが思い浮かぶと、身震いがした。 「それに」久遠寺先生がさらに畳み掛ける。 「もし、この件でご協力いただけないようでしたら...」 久遠寺先生がちらりと校長室の端の方を見た。そこには、いつの間にか 2つのロッカーが現れていた。 校長と教頭の額に汗がぶわっと大量に浮かんだ。 「わ、分かりました!木曜日と金曜日の自習、許可いたします!」 「本当ですか?」 久遠寺先生の表情がぱっと明るくなった。 「ありがとうございます!」 教頭も慌てて付け加えた。 「ミーも大賛成ザンス!生徒たちの自主性を育てる、素晴らしい取り組み ザンス!」 ついに結婚式準備の許可を得て、校長室を出た久遠寺先生は、廊下で小 さくガッツポーズをした。 「よし、これで準備に集中できるわ」 その時、偶然通りかかった許奇が声をかけた。 「おはよう、何か嬉しそうだね」 「木曜日と金曜日の自習許可が出たの!これで結婚式の準備に専念できる わよ」 「そ、そっか」 許奇が驚いた。 「でも..あの校長と教頭が許可したとは..無理だと思っていたが」 「そう?私は許可すると思ってたわよ」 久遠寺先生がにっこりと微笑んだ。 「買い物の方は俺に任せていいからな。女子たちも買い物に張り切ってた から、買い物リスト渡しておいたから」 「誰に?」「…信頼できる奴に」「そうなんだぁ」 「いや、そこはちゃんと念を押したから」 「ふーん」(まだ最後のあがきを仕込む気ね..まあ手は打つけど) 「ところで旧体育倉庫のロッカー、いつ片付けるんだ。ネズミが大発生し たと生徒たちが騒いでたぞ!まさか、葉須香みたいに忘れてないよな?」 「あっ!え、えっとぉ」 にこやかな笑顔のままだが、その目には不気味なほど光がない。 「おい!そういう冗談はやめろっ!本当に忘れてないよな..」 「………………………」 「その無言の間、やめてくれ」 「あ!そうだ、今日の晩御飯はカレーライスね」 「久遠寺ぃぃ〜」 許奇は少し背筋が寒くなった。改めて、自分の婚約者の怖さを思い知っ たのだった。 翌日、木曜日の朝、校長自身が話す校内放送が流れた。 「おはようございます。本日と明日は、全学年、全クラスの授業がすべて 自習となります。久遠寺先生の結婚式準備のお手伝いを希望する生徒は、 体育館に集合してください。参加は自由です」 放送を聞いた生徒たちは、教室でざわめき始めた。 「えー!久遠寺先生の結婚式の準備?」 「手伝いたい!」 「ついに結婚するんだ」 「えっと、相手は許奇先生だよね?でも確か前は...」 3年4組でも、葉須香がクラスメイトと結婚式の話題で盛り上がってた。 「私、今日は一生懸命頑張る!久遠寺先生にはお世話になったし」 「葉須香ちゃん、準備で忘れ物したら裸で手伝うかもよ」 クラスメートが苦笑いした。 「大丈夫!大事な準備なんだから絶対に忘れないから!」 「それじゃ忘れるたびに1枚ずつ脱いでもいいんだな?」 「今日は忘れないから、いいよ」 こうして、自習が始まると体育館には予想以上の生徒が集まった。1年 生から3年生まで、ほぼ全校生徒が集まっていた。 久遠寺先生が感動的な表情で生徒たちを見回した。 「みんな、ありがとう。本当に嬉しいわ」 生徒たちの中には、かつて絶対権力教師と組んで久遠寺先生からキツイ お仕置きを受けた生徒たちもいた。 今は久遠寺先生にすっかり陶酔して「姉御の結婚式を成功させるぞ!」 と意気込んでいる。 「じゃあみんな、役割分担をしましょう」 久遠寺先生が準備したリストを見せると、生徒たちから感嘆の声が上が った。会場装飾、音響、司会進行、受付、料理準備...まるでプロのウェ ディングプランナーが作ったような完璧な計画書だった。 「すげーな!久遠寺先生生、いつの間にこんなの作ったの?」 「昨夜まで頑張ったのよ」 久遠寺先生が微笑んだ。 「みんなで力を合わせれば、きっと素敵な結婚式になるわ」 「おおっ!」「頑張るぞ!」 こうして、準備が始まると、生徒たちの団結力は素晴らしいものだった。 装飾班は体育館を美しく飾り付け、音響班は機材のセッティングに取り 組んだ。司会班は進行台本を練習し、受付班は来賓リストを整理した。 葉須香は装飾班に所属し、花の準備を担当していた。しかし、案の定... 「あれ?バラの花はどこに置いたっけ?あっ!教室に置き忘れた」 「また忘れたのかよ。じゃあ、またペナルティで1枚な」 「ぅぅ..下着姿で手伝うの?」 準備で忘れものをする度に、服を1枚ずつ没収される葉須香は下着姿に なって教室へ走っていった。 「本当によく忘れるわね..あの感じだと数時間後は裸ね」 葉須香の様子を見ていた久遠寺先生は、優しく微笑んでいた。 「あ、久遠寺先生。許奇先生が居ないんだけど、今どこに?」 「確か校庭の端で休憩してるわ。まあ、しばらくそのままにしてちょうだ い」「は、はい」(また逃げようとしたな) 言うまでもないが、校庭の端にはロッカーが転がっていた。 「ところで久遠寺先生って、あの世界を代表するマジシャン、クオンジ・ フィールドの孫なんですよね。私、この前、来日した際の生のイリュージ ョンマジックショー行きました!」 「ありがとう。おじいちゃんのマジックショー良かったでしょ?」 「はい!椅子もステージも無い屋外ステージに案内されたときは驚いたん ですが、指を鳴らす度に椅子やステージが飛び出てきたからビックリしま した。みんな全員立ってたはずなのに、いつの間にか椅子に座ってて、手 にはジュースまで持ってたんですよ!どこから現れたのか、今でも分から ないですっ」 「まあ、おじいちゃんのマジックらしいわね。何もない空間に色んなもの を出すのが十八番だからね」 ちなみに、そんなすごいマジシャン、クオンジ・フィールドが一番怖い のはロッカーらしい。 こうして木曜日の準備が終わり、明日の金曜日には、もっと大変な準備 が待っている。でも、生徒たちのこの熱意があれば、きっと乗り越えられ るだろう。 久遠寺先生は全裸であちこち走っている葉須香を見て、少し呆れ顔をし ていた。 「明日も晴れるといいわね」 空は快晴で、まさにジューンブライドにふさわしい天気だった。 「さあ、金曜も頑張りましょう」 翌日の金曜日も朝から大忙しだった。いよいよ最終的な仕上げに入って いた。 校長と教頭も、時々体育館の様子を見に来た。生徒たちの熱心な取り組 みを見て、2人とも感心している。 「久遠寺先生、素晴らしい指導力ですな」 「ミーも激しく同意ザマス」 校長と教頭が感慨深そうに言った。 そして、準備を手伝う生徒たちの間で、ひそひそと噂話が交わされていた。 「久遠寺先生がまさか許奇先生と結婚なんて」 2年生の女子生徒がつぶやく。 「私、てっきり海外研修中の笛地先生だと思ってたのに」 別の生徒が驚いた様子で言った。 しかし、事情を知る3年生たちは苦笑いを浮かべていた。 「いや、そもそも許奇が笛地だよな」 「4月は俺たちも気づかなかったけど」 「8月まで無理やり誤魔化すつもりかと思ってた」 「いや、もう5月なんて、誤魔化す気なかっただろ」 「口調も笛地に戻ってるし」 「まあ、色んな事情があるから2学期までは許奇ってことにしようぜ」 「そうだな」 そう、笛地は6月結婚を迫る久遠寺先生から逃げるために海外研修に行 って8月に戻ってくる予定だったが、3月末で研修追い出され、4月には 日本に戻っていた。ただし、正式な手続きの問題が面倒で許奇として教鞭 を取っているのが実情だった。 本当はまた海外に逃げようとしたが失敗し、その後、空港からロッカー を台車で運んでいた久遠寺先生が居たのであった。 「葉須香、リングピローはどこだ?」 「あっ、家庭科室に置き忘れてました」 「また忘れたのか、まったく..」 「先生、今日はちゃんと居るんですね」 「もう、諦めた..どこに逃げても気づくとロッカーだしな」 「………」 「まあ、早く取ってこい」 「はい」 新郎となる許奇(本当は笛地)が、葉須香に声をかけ、忘れた罰として 葉須香は制服を1枚脱いで家庭科室に走っていった。 「あらあら、あんな感じじゃ、すぐに裸になりそうね」 「夢歌衣(久遠寺)か..今日は逃げないから安心しろ」 「ふふ、別に逃げてもいいわよ」 「ロッカーはもう懲り懲りだ。ここまでして結婚したいお前に負けたよ」 「ありがと、まぁちゃん」 許奇に話しかけてきた久遠寺先生。ジューンブライドにどうしてもこだ わりたい久遠寺先生は、8月の正式復帰を待たずに6月に式を挙げることを ずっと前から決めていた。 「許奇先生、忘れんぼの罰はあまり過激にしないであげて。葉須香ちゃん は本気で忘れ癖を治したいだけなんだから」 「わかってるよ。あとはぐらかすと思うが、旧体育倉庫のロッカーも何と かしろよ。1組の裾部先生が日に日にやせ細っているからな」 「まあダイエットになっていいんじゃない。そうね..それも明日全部話 す気だから」 「いや、お祝いの席でか?」「お祝いだからよ」 「あと、小耳に挟んだんだが、午後は気をつけた方がいいぞ」 「何かあるの?」 「ああ、葉須香に乱暴しようとして、お前にお仕置きされた卒業生共が、 お礼にくるみたいだ」 「確か、狂犬の伊藤くんだって?めちゃくちゃ暴れてたよね、会うの楽し みね」 「おい!呑気にいうな」 金曜の午後、生徒たちが結婚式の準備をしていた体育館に、突如として 異様な気配が漂った。 ギシギシと軋む扉が勢いよく開き、そこに現れたのは、筋骨隆々の大男、 狂犬の異名を持つ男、伊藤と、彼に従う数人の野郎たち。 「久しぶりだな!」 伊藤が吠えるような声で叫ぶ。 「この俺、狂犬の伊藤を忘れてないよな〜!」 体育館にいた生徒たちは一斉に動きを止め、空気がピンと張り詰めた。 誰もが何か始まると察したその瞬間、ゆっくりと歩み出たのは久遠寺先 生だった。 いつものように穏やかな笑みを浮かべて伊藤の方へ歩いていく。 「忘れてないわよ、伊藤くん。じゃあ、久々に――『おすわり!』」 その言葉が空気を切り裂いた瞬間、伊藤は反射的に背筋を伸ばし、見事 なフォームでおすわりを決めた。 後ろの野郎共も釣られて一斉に「おすわり!」とばかりに座り、体育館 が一瞬、変な空気に包まれる。 久遠寺先生はゆっくりと伊藤に近づき、優しく声をかけた。 「じゃあ、次は……『お手!』」 伊藤は感激したように片手を差し出し、狂犬というよりは忠犬のような 表情で言った。 「姉御!ありがとうございます!いきなり、こんな御褒美を貰えるとは!」 その瞬間、後ろの野郎共も一斉に騒ぎ出した。 「姉御〜!俺にもお座りを!」 「俺はおまわりでお願いします!」 「俺は……伏せで頼みます!」 「んもぉ〜、みんな欲張りすぎよ。じゃあ、1人ずつね」 久遠寺先生は笑いながら1人ずつに指示を出し、体育館はまるで犬のサ ロンのような和やかな空間に変わっていった。 生徒たちは呆気に取られながらも、次第に笑い声を漏らし始める。 どうやら、狂犬の伊藤とその仲間たちは、久遠寺先生に完全陶酔してお り、普通にお礼の手伝いにきたらしい。 「俺たちが真人間になれたのも姉御のおかげです。今日はいっぱい頑張る ので、どんどんこき使ってください」「俺も!」 「ありがと、みんな。猫の手でも借りたいほどだったから助かるわ」 「あ、あと姉御!手伝う前に、少しだけアレをお願いしますっ」 「俺にもやってください!」「俺も!」 「もうみんな好きなんだからぁ〜。ちょっとだけよ」パチンッ。 久遠寺先生が指でパチンと鳴らすと、狂犬の伊藤たちが一瞬で無数のロ ッカーへ変わった。 「んほぉおおおおおおおおおっ!!」 「はほぉぉぉぉおおおおんっ!!」 「おっほぉおおおおおおおお〜」 しばらくロッカーから不気味な喘ぎ声が響き、すっきりとした伊藤たち はその後、一生懸命に準備を手伝ったのであった。 「なあ、久遠寺..もしかして、あいつらって..」「ええ、ドMよ」 「そっか…」 こうして、夕方には準備がほぼ完了した。体育館は見違えるほど美しく 装飾され、まさに結婚式場と呼ぶにふさわしい空間になっていた。 生徒たちは疲れ切っていたが、満足そうな表情を浮かべている。 「みんな、本当にありがとうね。明日は、きっと素晴らしい結婚式になる わ」 生徒たちが帰る中、ふと辺りを見ると葉須香の姿が無く、近くの生徒に 聞くと、何と狂犬の伊藤たちに囲まれて、校庭の方へ連れていかれたらし い。 しかも葉須香は全裸のままであり、伊藤たちが首輪とリードを持って声 を掛けたようだ。 「おいおい、俺たちの前ですっぽんぽんとはいい度胸だな!せっかくだか ら、首輪つけて散歩させてやろーか?」「そりゃいいな」「へへっ」 「そ、そんな..」 だが校庭に行ってみると―― 「あ、久遠寺先生〜。これ、どうしたらいいんですかぁ」 何と伊藤たちの方もすっぽんぽんになり、首輪をつけて、リードを葉須 香に託してきたのだ。 「何で私が散歩させる方なのぉぉ〜。これって、どういうことですか?」 伊藤たちを散歩させてる葉須香が久遠寺先生に助けを求めた。 久遠寺先生はにっこり笑って「こいつらドMだから」とだけ言った。 「いやぁぁ〜。何でそんなに嬉しそうに舌を出すのぉぉ」 かって乱暴をしようとした葉須香に、リードで引っ張られるのは、かな りの御褒美らしく、伊藤たちは嬉しそうに「ワンワン!」と吠え、四つん 這いで校庭の散歩を堪能していた。 「ワン!葉須香様〜、もっと強引にお願いします!」 「ワン!蔑んだ目つきで引っ張ってください」 「そんなこと出来ないよぉぉ〜」 「じゃあ、そろそろバトンタッチね。葉須香ちゃん、明日もよろしくね」 久遠寺先生が葉須香からリードを受け取り、ようやく散歩から解放され て帰ることが出来た葉須香。 「伊藤くんたちもありがとうね。すごく助かったわ」 「姉御〜」「幸せになってくれよ、姉御」 「じゃあ、この御褒美でお終いね。全員で『ちんちん!』」 伊藤たちは一斉に「はい、姉御!」と叫び、葉須香は顔を真っ赤にして 校舎に逃げて行った。 その後、久遠寺先生が手伝ってくれたみんなに深々と頭を下げ、明日の 本番を迎えることになった。 土曜日の朝、久遠寺先生は早起きして窓を開けると、澄み切った青空が 広がっていた。 「完璧なジューンブライド日和ね。あら、こんなにメッセージが」 スマホには生徒たちからのお祝いメッセージが次々と届いており、久遠 寺先生は微笑みながらメッセージを読んだ。 校長と教頭との交渉から始まった二日間の準備期間。生徒たちの協力と 熱意によって、夢にまで見たジューンブライドが実現しようとしている。 「さあ、今日は私の特別な日。みんなと一緒に、最高の結婚式にしましょ う」 久遠寺先生は白いドレスを手に取ると、鏡に向かって最高の笑顔を練習 した。体育館では、生徒たちが最後の準備に取り掛かっているはずだ。 久遠寺先生が学校へ行くと、体育館は見事に装飾され、まるで教会のよ うな神聖な雰囲気を醸し出していた。 ついに結婚式が始まり、会場には多くの生徒、先生たちが参加していた。 色々な事情もあって、両家の親族の参加は無かったが、多くの生徒・先 生たちに祝福されるのが一番だと思っていた。 白いドレスに身を包んだ久遠寺先生が入場すると、会場からは大きな拍 手が沸き起こる。通路の両側から、生徒たちが手作りの小さな花を振って 迎える姿に、久遠寺先生の目尻には思わず涙が浮かんだ。 そのタイミングで――。 「久遠寺先生、ブーケはこちらです!」 舞台袖から小走りでやってきたのは、手伝い係に任命された葉須香だっ た。両手で抱えるように差し出されたブーケは見事だったが、久遠寺先生 の表情が曇る。 「葉須香ちゃん……これ、昨日お願いしたブートニアは?」 「ブートニア?あ……わ、忘れました……」 青ざめる葉須香と、眉間に皺を寄せる新婦。だがすぐに深呼吸し、笑顔 を作り直す久遠寺先生。 「まあ……それは後でお願いね。ブーケがあるだけでも素敵だから」 「は、はい……!」 式は何とか進んでいく。誓いの言葉、指輪の交換は終盤に行う流れで、 まずは新郎新婦からのスピーチから始まり、乾杯の挨拶となった。 ここでも、グラスを持ってくる役を任されていた葉須香が、人数分を揃 えられず忘れてしまうハプニングが起こったが、4組の男子たちが、こん なこともあろうかと、大量のグラスを出してきた。 「葉須香ちゃん、このグラスを使っていいよ」 「ありがとう」 さすが、4組の男子たちと大きな歓声が上がり、会場は笑いに包まれた。 そして、生徒たちによる合唱が終わり、生徒たちの余興の時間となった。 吹奏楽部の演奏、演劇部の寸劇、ダンス部のパフォーマンスと、生徒た ちが次々に登場して会場を盛り上げる。 司会の教師が涙ぐみながらコメントを挟むたび、久遠寺先生は心から「 この仕事をしてきて良かった」と思わされた。 いよいよ、ケーキ入刀の場面――。ナイフを渡そうとした葉須香が、な ぜかテーブルの上にあった小さな果物ナイフを差し出してしまい、会場が ざわつく。 「えっ!?それは違うわ、葉須香ちゃん……」 「あっ、えっと」 「落ち着いて、葉須香ちゃん」 「大丈夫だ、ここに予備がある」 ここで許奇が、予備の大きなナイフを出して、何とか無事にケーキカッ トも終わった。 やはり葉須香の忘れ癖は何回か出てしまうことになり、その度に久遠寺 先生は深呼吸をして、微笑みを浮かべた。 心温まる余興が一通り終わり、会場がほっとした空気に包まれた頃。 司会者がマイクを持って舞台中央に立つ。 「さて、ここで新婦・久遠寺先生からの特別な余興です!」 会場がざわめいた。まさか久遠寺先生本人が何かをするとは思っていな かったのだ。 白いドレスに身を包んだ久遠寺先生が、にこやかに舞台へと歩み出る。 指をパチンと鳴らすと、1つのロッカーが現れた。 「皆さん、今日はちょっとしたマジックを披露します。助手は……今回の 結婚式で大活躍してくれた葉須香ちゃん、お願いしてもいい?」 呼ばれた葉須香は、少し驚いた表情を浮かべながらも、拍手に背中を押 されて舞台へと上がる。 「では、葉須香ちゃんには、こちらのロッカーに入ってもらいますね」 久遠寺先生が指差したロッカーは、見た目は普通の学校にあるような金 属製のもの。葉須香は少し戸惑いながらもロッカーの中へと入る。 扉が閉まり、カチリと鍵がかけられると、会場は静まり返った。 久遠寺先生はロッカーの扉にそっと手を当て、ゆっくりと声を響かせる。 「いきますよ……3、2、1!」 その瞬間、久遠寺先生の手がスッとロッカーの隙間に入り、まるで空間 をすり抜けるようにして、数枚の衣服だけを取り出した。 生徒たちからは「えっ!?」「どういうこと!?」と驚きの声が上がる。 ロッカーの中からは葉須香の悲鳴が漏れる。 「え?服が消えてる。下着もなくなってる!」 そのリアルな反応に、会場はさらにざわついた。 久遠寺先生はその衣服の束を高く掲げ、くるりと一回転してから、生徒 たちに向かってふわりと投げた。 「そ〜れ!」 葉須香がさっきまで身に着けていたものが弧を描いて、ちょうど男子た ちの席の上に落ちる。 「それはプレゼントなので、持ち帰っていいわよ」 「うぉぉ〜」「サイコーだぜ」 男子たちが葉須香の服や下着を笑顔で受け取ると、会場は拍手と歓声に 包まれた。 しかし、マジックはそれだけでは終わらなかった。 久遠寺先生が再びロッカーの扉に手をかけ、「それでは、葉須香ちゃん、 出てきてください」と声をかけると、扉がゆっくりと開いた。 そこから現れた葉須香は、全裸にままで首から「結婚式でも葉須香は忘 れました」の札をかけていた。 おっぱいには備品シールがまだ張っていたが、何と、おま●こやお尻に も備品シールが貼られていた。 「え?何でここにもシールが?朝には無かったのに!」 わすがの間に色々な恥ずかしい仕掛けをされた状況に会場は歓喜の嵐と なった。 (ここでも..忘れ物の罰を受けるなんて..けど、仕方ないよね) 葉須香は顔を真っ赤にしながらも、恥部を隠さずに立つことにした。 久遠寺先生はその隣で、葉須香の態度に満足そうに微笑んでいた。 「それで正解よ。今日はその姿で最後までいなさい!」 「わ、わかりました」 こうして、マジックショーが終わり、会場が和やかな雰囲気に包まれて いたその時、体育館の扉が勢いよく開いた。 まだまだハプニングが起こりそうな雰囲気の中、かって荒れてた学校の 生徒たちが大勢で会場に乗り込んできたのであった。 |